おいしい酒と出会ってほしい
まっこと、龍馬はどこへ行ったろう?
(続き)
ようは、「酒米」の話なんですけどね。
おいしい酒と出会ってほしいから。
山田錦は、1923年(大正12年)に兵庫県で「山田穂」と「短桿渡船」の交配で誕生した酒米で、今なお、最高峰の酒米と評価されています。
今でも多くの蔵元が、自社のいい酒は山田錦で造るし、酒の品評会などでも、上位受賞する酒の多くが山田錦で造られた酒です。
栽培北限は新潟県辺りで、また、全国生産量の80%が兵庫県産。
一時期、各県とも山田錦の地元栽培に取り組みました。
最高峰の酒米「山田錦」を地元栽培したい。
地元でできた最高峰の酒米「山田錦」で酒を造りたい。
そりゃあ、そうですよね?
だから、山田錦の栽培に取り組んだ。
しかし、山田錦は病気にあまり強くないのです。
また、130センチほどになる背の高さが風にまけて倒れる。
穏やかな瀬戸内の風当たりが弱い地域の米だから、栽培に向いた環境が限られました。
特に瀬戸内と高知では、風当たりが違い過ぎたのです。
でも、ここからが凄い。みなさんは諦めなかった。
他県も、そうでしたが、土佐のいごっそう達は、山田錦と同じく、酒米の最高峰「酒造好適米」にランクされる米を作ると奮闘したのです。
いくつもの交配を試し、試行錯誤し、思いにならない月日を経て、平成元年に、山田錦を母にヒノヒカリを父に、やっとやっと新しい酒米が生まれました。
開発名は「高育(こういく)54号」高知で育成された54番目の米です。
その後も、栽培技術の探求が積み重ねられました。
酒米は、まわりが半透明で、中に「芯白(しんぱく)」という白い部分があります。
酒造りには、この芯白の部分が適しているので、精米した時に、芯白だけを残すよう、芯白が米の真ん中にあるように栽培するのです。
想像してみてください。
あのちいさなモミの中のこと!
芯をまんなかに作るなんて、どうやって?
栽培農家の方々に、おどろきと尊敬です。
こうして、高育54号は高知初の酒造好適米となり、「吟の夢」と名付けられました。
吟の夢は、山田錦より背が低く、粒も山田錦ほど大きくない。
高知の栽培環境にも適している。
酒質は真っ直ぐ潔い感じがする。
当時、麹や酵母に水と造り方などは全く同じにして、酒米だけを山田錦と吟の夢の違いで造った酒を試飲させてもらいました。
どちらも、すごく似てる。
同席者達も、判別に迷いました。
でも、何か違う感じがするのは?
なんだろう?と思ったのが、飲んだ後の印象。
山田錦の酒は、定規を当てて引いた鋭い線のような際立ちがあるのに対し、吟の夢の酒は、定規を当ててはいるけど、チョークで引いた線のような淡さがあったのです。
これをどう見るかは、好みにもよるでしょう。
以来、蔵元の情熱と研さんにより、吟の夢で造られた酒が増えました。
真っ直ぐないさぎよさあり、各蔵元の個性あり、いい酒になっています。
あの時、山田錦を栽培できなかったからこそ実現した新しい希望です。
現在、正統派の酒になる吟の夢は、国内外の酒コンテストで多数の受賞をするほどの評価を得ています。
吟の夢、いいんですよ。
吟の夢の酒、すごいんですよ。
おいしい酒をと思ったら、吟の夢の酒!
おすすめです。
高知の吟の夢の
酒をのまなはじまらん🍶
んっ? それで、うちの龍馬はどこへ?
脱藩する気やないろうか?